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遠山金四郎


遠山金四郎 (講談社現代新書)

ご存じ、遠山の金さんのことである。歴史資料に基づき、遠山の金さんの実態を探るというわけである。一方、その多くを遠山の金さんの父、遠山景晋(かげみち)の話に費やしている。

この景晋、まずは幕府の学問吟味から頭角を現す。そして、蝦夷地や長崎などの外事関連業務が多い。永井金四郎が遠山家に養子に来て遠山金四郎景晋となったので、金四郎の名は父の代から始まったことになる。また景晋は、遠山家の実績よりも上の役職に就いているが、これは実家の永井家の方の実績に基づいているらしい。養子にやって完全に縁が切れるというものではないわけですね。この養子の話は遠山家の複雑な家庭事情を生み(養子縁組の後で実子が生まれたため)、影元が若い頃グレていたという話につながることになる。

で、影元は、有能な官吏としての父親・景晋の跡をたどって、勘定奉行から北町奉行になった。この時代がいわゆる「遠山の金さん」の時代設定になる。その後、南町奉行にも任命されているが、町奉行を二度務めたのは影元が最初らしい。ところで、昨年、NHKの土曜時代劇「オトコマエ」でも悪役として出てきた南町奉行の鳥居耀蔵は、儒学者林述斎の息子。影元の父の景晋は、述斎と親しかったらしいので、影元と鳥居耀蔵も旧知の仲であった可能性は高いようだ。

歴史資料として残っている影元の実態は、「有能な官僚」であり、庶民の味方としての金さんは、明治期に講談や歌舞伎で作られたものだということである。明治期と言えば、薩長閥が権力をふるう時代なので、江戸時代末期の有能な官僚を庶民の味方としてもてはやすというのは、明治期の庶民の薩長閥権力に対するアンチテーゼとしての意味合いもあったと思われるが、そのあたりには本書は踏み込んでいない。

影元の葬儀に際して、昔の江戸町奉行時代の配下のものたちが参列した記録が残っているのは当時としては珍しいことだそうで、庶民の味方であったかどうかはともかく、奉行として配下に信頼されていたのは確かなことなのだろう。

ところで、最近、再びxfy Blog Editor(個人非商用限定版)を使ってブログを書き始めた。昔使っていたときとユーザーインタフェースが変わったので、使い始めた当初は戸惑いもあったが、なれてくるとなかなかよくできているわいと単純に感心してしまう私である。と言うわけで、今回はxfy Blog Editorの「Amazonアソシエイト拡張」を初めて使ってみた次第。

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