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5/21: 石田晴久先生お別れの会

5/21(木)、石田晴久先生とのお別れの会に参加しました。IT業界の中でも、Unix、C、インターネットなどの現在のコンピューター・ネットワークのインフラ技術を日本に普及させる上で、常に口火を切る立場にいらっしゃったこともあり、来場者もそうそうたる面々で、和田英一先生、吉村作治先生、村井純先生、藤原さん(IRI)らの弔辞がありました。だいたい300人くらい集まったようです。

会場には、石田先生ゆかりの品々も展示されていましたが、私は、石田先生が東大で購入したUnixソースなどのMTが未だに残されている点に感心しました。

いろいろな方々にお会いしましたが、一番濃いネタとしては、JPRSの森下さんと「コンピュートないと(1983年、テレビ東京)」の話をしたことでしょうか。当時、富士通のFM-7が発売されてしばらくして、富士通提供で始まったこの番組、私も欠かさず見ていたのですが、不覚なことに私はすっかり忘れていました・・・で、森下さんがしっかり覚えていたこと・・・それは、副音声でプログラムをダウンロードしていたことです。それをカセットテープに録音して、カセットテープからFM-7に読み込んで実行していたのです。そう、1983年に放送と通信の融合が実現されていたというわけです(^_^;

と言うわけで、私はテレビを通して石田先生を知ったのですが、その後、インターネット協会などのインターネット関連の活動でよくお会いするようになりました。また、石田先生は宴会の場は比較的お好きだったようで、日本サン・ユーザー会の忘年会にもよく出席いただきました。いつぞやのWIDE発表会の後の懇親会でお話した際には、サイバー大学の教材作りについても説明していただきました。そういうことを思い出しながら、会場の石田先生のにこやかな笑顔の遺影を眺めていると、あらためて石田先生の優しいお人柄を感じることができました。

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