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[TV]極める!中越典子の京美人学 第一回

極める!中越典子の京美人学 第一回

ぼんやり見ていたのですが、「常磐御前(源義経の母)は、東国に嫁いでいきます」というナレーションが入り、井上章一が、「田舎侍のところに嫁いでに行かはるわけですよ」まではいいとして、「自分の領地につれて帰るわけでしょ」とか話をしていたので驚きました。

源義朝(義経の父)は、保元・平治の乱の間、都で帝に仕えているわけで、常磐御前は言わば京都妻ですよね。

平治の乱の後、常磐御前は大和の国までは逃げていますが、都(京都)に住んでいたから大和(奈良)に逃げるわけで、その後も平清盛の愛人になったと言われているので、東国に足を踏み入れた史実はないはずです。また、宮仕えから源義朝の京屋敷に移るのを「東国に嫁ぐ」とは言わないでしょう。

静御前(義経の愛人)は鎌倉の頼朝の前で舞ったと言う話はありますが、それも東国に嫁に行ったわけではありませんから、それと混同しているわけでもなさそうです。

京美人と言うキーワードを巡る歴史的なターニングポイントの一つとして常磐御前を挙げているわけですから、井上章一の京美人論全体がかなり怪しげに見えて来た次第です。

細かいことを言えば「田舎侍」に関しても気になるところです。源義朝は河内源氏なので、東国生まれの東国育ちというわけではありません。都から見れば河内も田舎であるとしても、始めは京都に居て、それから東国に下って、再び京都に戻ってきているわけで、やはり「田舎侍」とシンプルに言いきるのは適切とは言えないでしょう。

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